
2026年5月26日(火)
いま自治体や公共機関を標的にしたサイバー攻撃が急増しています。ランサムウェアによるシステム停止、DDoS攻撃によるWEBサービス障害、自治体サイトの改ざんなど、こうした被害は単なる「情報システム部門のトラブル」ではありません。住民サービスの停止、行政への信頼低下、緊急時対応の混乱など、自治体運営そのものに大きな影響を及ぼします。
とくに近年では、ガバメントクラウド移行や外部委託の拡大により、管理対象や攻撃対象が広がっています。「うちは大丈夫」と考えていても、委託先や外部接続を経由して被害が発生するケースも珍しくありません。
今回は、地震・洪水などの自然災害を中心とした従来のBCP(事業継続計画)だけでなく、サイバー攻撃をうけた際のサイバーBCPについてご紹介します。
BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)とは、災害や障害が発生した際に、業務を継続・早期復旧するための計画です。自治体では長年、地震・洪水などの自然災害を想定したBCPが整備されてきました。
一方で、サイバー攻撃は自然災害とは大きく性格が異なります。たとえば自然災害では、「被害が発生したこと」が比較的わかりやすく、外部支援を受けながら業務継続を図る判断が基本になります。しかしサイバー攻撃では、
といったケースが発生します。
さらに厄介なのが、「システムを止める判断」が必要になることです。
ランサムウェア感染や不正アクセスの疑いがある場合、業務を継続すると被害が拡大する可能性があります。そのため、あえて一時的にシステムを停止し、封じ込めを優先する判断が必要になるケースがあります。これは、自然災害時のBCPとは逆の発想です。
つまりサイバーBCPでは、「業務継続」と「被害拡大防止」を同時に考えなければなりません。この意思決定の難しさこそが、自治体におけるサイバーBCP策定の重要なポイントです。
自治体に求められるサイバーBCPを考えるうえでは、「どのような攻撃が起きうるのか」を具体的に理解しておく必要があります。
ここでは、自治体が特に注意したい代表的なサイバー攻撃と関連用語を整理します。
ランサムウェアは、データを暗号化し、その復号と引き換えに身代金を要求するマルウェアです。近年は自治体や医療機関など、「止まると社会影響が大きい組織」を狙うケースが増えています。
自治体が感染した場合、
など、行政サービスそのものに影響が及ぶ可能性があります。
バックアップが存在していても、
ことで、長期間復旧できないケースもあります。
DDoS(分散型サービス妨害)攻撃は、大量のアクセスを送りつけることでWEBサイトやシステムを停止させる攻撃です。
2024年以降、自治体サイトへのDDoS攻撃事例も報告されており、
などが利用できなくなるケースも発生しています。
とくに災害時や選挙時など、アクセス集中と攻撃が重なると、住民への影響が大きくなります。
WEBサイト改ざんは、自治体サイトの内容が不正に書き換えられる攻撃です。
とくに危険なのは、
などに悪用されるケースです。
しかも改ざんは、
「サイトが普通に表示されているように見える」ため、発見が遅れやすいという特徴があります。
住民が改ざんページを閲覧し続けることで、自治体自身が被害拡大の起点になってしまうリスクもあります。
サプライチェーン攻撃とは、自治体本体ではなく、委託先やベンダーを経由して侵入する攻撃です。
近年は、
などを経由した被害が増えています。
とくにガバメントクラウド移行期は、
などにより、リスクが高まりやすい時期でもあります。
CSIRT(Computer Security Incident Response Team)は、サイバー攻撃発生時に対応を行う専門チームです。
主な役割は、
などです。
大規模自治体では専門部署を持つケースもありますが、小規模自治体では兼務体制になっていることも少なくありません。
そのため、
「誰が、何を、どのタイミングで判断するか」
を事前に整理しておくことが重要になります。
サイバーBCPでは、RTOとRPOの考え方も重要です。
RTO(目標復旧時間)
インシデント発生から、どれくらいの時間で業務復旧を目指すかを示す指標です。
RPO(目標復旧時点)
どの時点までデータを戻せれば許容できるかを示す指標です。
たとえば、
など、業務ごとに許容範囲を決める必要があります。
RTO・RPOが曖昧なままだと、
の判断が難しくなります。
「うちはまだ被害を受けていないから大丈夫」——そう感じている担当者の方も多いかもしれません。しかし、サイバー攻撃による被害は「システムが止まる」だけでは終わりません。自治体が受けるダメージは、技術的な問題をはるかに超えて、住民との信頼関係や財政にまで及ぶことがあります。以下に想定されるリスクをまとめます。
住民票・税・福祉など生活に直結する情報を預かる自治体がサイバー被害を受けると、「個人情報は大丈夫か」「行政を信頼していいのか」という不安が広がります。一度失った信頼の回復には、長い時間がかかります。
サイバー攻撃からの復旧には、想像以上のコストと時間がかかります。システムの再構築、外部専門家への委託費、職員の超過勤務——これらはすべて税金から賄われます。
SNSやニュースを通じて被害情報はあっという間に拡散します。「○○市のサイトは危険」という情報が広まれば、住民の公式サイト離れや窓口業務の混雑など、二次的な混乱が生じます。改ざんされたページが長期間放置されると、その間も誤情報が住民に届き続けます。
個人情報保護法の改正により、個人情報の漏洩が発生した場合、自治体は個人情報保護委員会への報告と本人への通知が義務づけられています。対応が遅れたり不十分だったりすると、さらなる批判や行政指導を受けるリスクがあります。
「サイバー攻撃への備えが必要なのはわかっている。でも、何から手をつければいいのか」——多くの自治体担当者が感じるこの迷いの背景には、自治体ならではの構造的な難しさがあります。以下に、現場で実際に起きやすい状況とその理由を整理します。
「住民からメールが届いた。『御市のサイトからフィッシングサイトに飛ばされた』と——確認してみると、WEBサイトが数日前から改ざんされていた。職員は誰も気づいていなかった」
ランサムウェアのように「突然業務が止まる」攻撃と違い、WEBサイトの改ざんや情報の静かな流出は、システムが「動いているように見える」ため発見が大幅に遅れます。自治体では住民向けWEBサイトを多数運用しているケースが多く、すべてのページを日常的に目視確認するのは現実的ではありません。
被害発覚が遅れると、その間に住民が改ざんされたページを閲覧し続け、自治体が「加害者」になるリスクが生じます。
「昨年まで福祉課にいた職員が、今年から情報システム担当になった。ガイドラインを読もうとしたら総務省の文書だけで413ページあった——どこから読めばいいかもわからない」
自治体では、数年単位での異動が一般的です。そのため、セキュリティ知識やシステム運用ノウハウ、インシデント対応経験が蓄積されにくいという課題があるようです。
一方で、サイバー攻撃は年々高度化しています。総務省ガイドラインやNISC関連文書も情報量が多く、通常業務と並行して読み込み、実務へ落とし込むのは大きな負担です。結果として、セキュリティ、BCP、ベンダー調整、監査対応などを一人で抱える「セキュリティ何でも係」状態になりやすいのです。
「不正アクセスの疑いがある。でも今日は確定申告の締め切り日で、住民が窓口に並んでいる。システムを止めれば住民対応が完全にストップする——どう判断すれば?」
自治体が提供するのは、住民票・税・福祉・防災情報など生活に直結するサービスです。システムを止めることは、住民への直接的な影響を意味します。しかし、攻撃を受けたまま稼働を続ければ被害が拡大し、情報漏洩が広がる可能性があります。
「一時的にシステムを止めることで被害を封じ込める」という判断を、誰が・どのタイミングで・どの情報をもとに行うかをBCPに明記しておかないと、現場は動けません。
「止める判断」を事前に設計していない自治体では、インシデント発生時に関係者間の協議に時間がかかり、その間も被害が拡大するリスクがあります。
「クラウド移行の作業中、外部ベンダーが多数出入りしていた。移行期間中に限り、アクセス権限を一時的に緩めていた——そこを突かれた」
ガバメントクラウドへの移行は、多くの自治体が現在進行中です。移行期間中はオンプレミスとクラウドを並行運用するため、通常より多くの管理者アカウントが発行され、アクセス権限も一時的に緩和されます。この「移行期特有の隙間」を狙った標的型攻撃が2025年に複数報告されています。
クラウド移行が「完了してから対策する」では遅い可能性があります。移行作業中こそBCPと監視体制の強化が必要です。
「WEBサイトの運用はベンダーに委託している。だからセキュリティ管理もベンダーの責任——そう思っていたが、被害が起きたとき住民に謝罪したのは市長だった」
一般的にWEB運用やシステム保守、サーバー管理などは外部委託するケースがほとんどです。これは現実的な運用ですが、「委託しているから大丈夫」という認識には注意が必要です。
サプライチェーン攻撃では、委託先や再委託先を経由して侵入されるケースがあります。そして、実際に住民へ説明責任を負うのは自治体です。
そのため、インシデント時の連絡体制や対応範囲、報告義務、ログ提出などを事前に整理しておく必要があります。
「BCPは2年前に策定した。でも一度も訓練をしていない。いざインシデントが発生したら、担当者が何の資料を見ればいいかさえわからなかった」
日常業務が繁忙な自治体では、訓練の実施までなかなか手が回らないのが実情です。重要なのは、「策定すること」ではなく、「実際に動けること」です。
そのためには、完璧な演習でなくても、机上訓練や連絡訓練、シナリオ確認などを定期的に実施することが重要です。
「必要なのはわかっている。でも、人手も時間も足りない」これは、多くの自治体担当者が抱えている現実的な悩みです。
総務省やNISCのガイドラインを読もうとしても、情報量が多い、通常業務で手が回らないなどの理由から、なかなか着手できないケースも少なくありません。
しかし、サイバーBCPは最初から完璧を目指す必要はありません。
重要なのは、「まず動ける状態を作ること」です。
ここでは、自治体担当者からよく聞かれる疑問をもとに、現実的な進め方を整理します。
その認識は正しいです。セキュリティ専門チームを抱える大企業でも被害は出ています。「防ぐ」ことに全力を注ぐより、「攻撃されたときにいち早く気づける仕組みがあるか」という視点に切り替えると、現実的な一歩が見えてきます。
気づきが1時間早まれば、初動が早まり、被害範囲が変わります。「気づく」ことはセキュリティ対策の中でも、比較的小さなコストで始められる部分です。まずは、
など、「異常に気づける仕組み」を整備することが重要です。
「誰が・何を・いつ判断するか」が決まっていないことが、インシデント発生時に最も時間を浪費する原因です。現場担当者が上席への報告・確認に追われる間にも、被害は静かに広がっていきます。
分厚いBCPマニュアルを作る前に、まず「緊急連絡フロー」と「判断権限の一覧」を1〜2枚の紙にまとめるだけでも、動ける状態は格段に変わります。
委託先に任せること自体は現実的な選択です。ただ、インシデントが起きたとき、住民に謝罪するのは首長です。委託先が「うちの責任範囲外」と言ったとき、自治体が動けるかどうかは、契約内容と事前の取り決め次第です。
「任せる」と「丸投げ」は違います。委託先との間で「インシデント発生時の連絡タイミング」「対応範囲の分担」「報告書の提出義務」を事前に合意しておくことが、いざというときの差になります。
策定していること自体は大事な一歩です。ただ、一度も訓練をしていないBCPは、緊急時にほぼ機能しないことが多いです。「あの文書どこにあったっけ」という状況は、現場では珍しくありません。
年に1回、30分の机上演習(「もし今日ランサムウェアに感染したら、誰に何を報告する?」という問いかけだけでも)をやってみると、BCPの抜け穴が自然と見えてきます。完璧な訓練でなくても「一度やってみる」ことの効果は思った以上に大きいです。
訓練のハードルを下げるコツとしては、シナリオを「WEBサイトが改ざんされた」「住民から不審なメールが届いたと報告があった」など、身近な具体例から始めると参加者が動きやすくなります。
必要です。近年のサイバー攻撃は、「大規模自治体だけ」を狙うものではありません。むしろ、人手不足、専任担当不在、委託依存、古いシステム運用などを抱える組織が狙われるケースもあります。
また、自治体は規模に関係なく、住民情報、税情報、福祉情報など重要なデータを扱っています。「小さい自治体だから狙われない」ではなく、「限られた体制でも、どう被害を最小化するか」を考えることが重要になります。
すべてを一気にやろうとすると行き詰まりやすいです。多くの自治体が実際に取っている進め方として、以下のような段階が参考になるかもしれません。
サイバーBCPは、「完璧に作ってから動く」ものではありません。むしろ、「小さく始めて、継続的に改善する」ことが、現実的で実効性の高い進め方になります。
次の章では、「気づける状態」を作るうえで重要となる、WEBサイト改ざん検知について整理します。
サイバー攻撃によって自治体サイトが停止・改ざんされると、住民生活にも直接影響が及びます。ここでは、自治体サイトを守るうえで重要な対策をご紹介します。
コンテンツ変更をリアルタイムまたは短時間で検知する仕組みです。特に、
などを早期発見できるかが重要になります。
などを確認できる状態を作ります。改ざん後の原因調査や封じ込めにも重要です。
復旧には「正常な状態へ戻せること」が必要です。そのため、
まで含めて設計する必要があります。
改ざんが発覚した際、
を事前に決めておく必要があります。判断が遅れるほど、被害拡大リスクが高まります。
自治体では、過去に作成されたサイトやサブドメインが放置されているケースもあります。こうした「管理されていない公開資産」が攻撃対象になることも少なくありません。定期的に、
を確認する必要があります。
サイバーBCP策定に向けた初動確認として、以下を参考にしてください。
基本方針・体制
総務省の2025年版ガイドラインでは、BCPの策定だけでなく「実行可能性の確認」が重要視されています。文書を作成するだけでなく、定期的な訓練を通じて実効性を確認・改善し続けることが、真のサイバーレジリエンスにつながります。
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